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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和37年(ワ)30号 判決

理由

被告は訴外鈴木輝雄と共同で訴外有限会社成田サイクルセンターに対し本件約束手形合計八通を振出交付したこと原告は右訴外会社から右各手形の裏書譲渡を受けた手形所持人として被告に対し原告主張の如く各手形を呈示したが、被告はこれに対し手形金の支払いを拒絶したこと、而して原告は現に右各手形所持人であることは当事者間に争いがない。

そこで被告の抗弁につき按ずるに、被告本人の供述、口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、被告は本件各手形振出の際準禁治産者であつて各手形振出について予め保証人の同意を得なかつたこと、又、手形振出後保佐人の追認も得ないことを認められるから、被告の右手形行為は準禁治産者の為した手形行為として取消し得べきものと認められる。然るに原告はたとえ被告が準禁治産者であつて手形振出につき保佐人の同意を得なかつたとしても自己の準禁治産者なることを告知しなかつた被告の消極的な態度は手形取引の信義則に背きその手形取引の安全を阻害するものであつて、恰も無能力者が能力者たることを信ぜしめるための詐術を用いたると何等法律的評価を異にしないから取消すことはできないと抗弁するところ、手形取引の動的安全の保護のためには殊に無能力者の為した法律行為取消の効果の絶対的なるのに鑑み善意の手形取得者に対しては無能力者の保護の篤きに比して酷であり手形取引の安全をも阻害するものであつて、原告の右主張は一応首肯し得ないわけではないけれども元来無能力者が能力者たることを信ぜしめるための詐術を用いたと言い得るがためには、単に無能力者なることを告知しなかつたという消極的な態度だけをもつてしては、事は未だ不充分であつて、相手方に対し無能力者なることが露見しないよう積極的に働き掛け、恰も外観上能力者たることを誤信せしめるに足る作為的な動作に出でること、即ち術策を弄すことを必要とするものと解すべきであるから、たとえ被告が訴外有限会社成田サイクルセンターに対し準禁治産者なることを打ち明けなかつたからといつて、この不告知なる消極的態度だけでは未だ詐術を用いたことには該当しないものと認めるのが相当である。ところが証人鈴木輝雄証言、被告本人の供述口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、本件各手形は被告の知人訴外鈴木輝雄が訴外有限会社成田サイクルセンターから購入したオートバイの購入代金支払いのために訴外鈴木と共同して振出したものに係り、その手形振出にあたつては、被告は訴外会社代表者に対し進んで準禁治産者である旨を告げ、手形に署名捺印することを強く拒んだのに対し、訴外会社代表者からこの手形は形式的のものであつて、被告に対しては、決して責任を問わない主旨を述べられ執擁にせがまれて止むを得ず差出されるままに振出人としての被告の氏名を記載せる各手形の被告名下に捺印だけしたことが認められるのであつて被告は自己が準禁治産者であることを告知しなかつたというのではなく却つてそれ以上に訴外会社に対し自己が準禁治産者であつて責任を負えない旨を臆面もなく進んで申し述べ、訴外会社代表者も充分被告が準禁治産者であることを万々承知しながら手形面上振出人の署名捺印の形式を整えるのに急の余り敢えて各手形に記名捺印せしめたことが明らかに認められるのである。されば原告の前記主張の理由のないことは明らかである。

そこで被告は昭和三十七年十二月七日午後一時の本件口頭弁論期日において本件手形行為取消の意思表示を為したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、この取消の意思表示は手形行為の直接の相手方である先の手形受取人訴外有限会社成田サイクルセンターに対して為したものではないけれども、輾転譲渡せられる手形本来の性格に鑑み手形振出行為(手形援受)の直接の相手方ではなく、それから更に裏書譲渡を受けて現に手形所持人たる者に対して為すも有効であつて、手形行為取消の効果は発生するものと解せられるから、訴外有限会社成田サイクルセンターから更に裏書譲渡を受けて、現にその所持人たる原告に対して為した被告の取消の意思表示は有効であつて、被告の手形振出に関する限りその振出行為は振出当初に遡つて無効に帰したものと認定するのが相当である。被告の抗弁は結局理由があるものと認める。

以上の理由によつて、原告の被告に対する本件請求は総て失当なるにより、これを棄却することとする。

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